東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)218号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、同三(審決の理由の要点)中の後記誤記の点を除き当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の本件審決を取消すべき事由について判断する。
1 取消事由(1)について
前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲(請求の原因二)によれば、本願発明の特許請求の範囲は(1)ないし(3)からなり、同(1)及び同(3)はいずれも発明のいわゆる必須要件項であり、同(2)は同(1)の発明のいわゆる実施態様項であることは、右特許請求の範囲の記載自体から明らかである。また、成立に争いのない甲第一号証(審決謄本)によれば、本件審決には、「同範囲の(2)の発明は、明細書および図面の記載より、同範囲の(2)に記載のとおりの初期火災報知器にあると認められるので、結局、前記請求の理由における主張は、特許請求の範囲の(2)の発明については裏付けがなく採用できない。」(同号証二丁裏一行ないし六行)、「(2)a 引例には、五ミクロン未満の空気中含有粒子を吸入する初期火災検知器が記載されており、b 一方、空気中の微粒子を検知する火災感知器としてはイオン化検知器がよく知られているので、c 引例記載の火災検知器において、その感知手段としてイオン化検知器を用いることは容易に想定し得ることと認められ、d 更に、そのように想定したものは、特許請求の範囲の(2)の発明と特に相違がないと認められる。」(同七行ないし一五行)とそれぞれ記載されていることが認められるところ、前記本願発明の特許請求の範囲(請求の原因二)によれば、同特許請求の範囲中「初期火災報知器」を発明の対象としているのは(3)のみであることが認められる。更に、前掲甲第一号証によれば、本件審決には、「特許請求の範囲の(1)には「ラビリンス・リーク路(44)のみを有する……」とリーク路の利用が規定されているに対し、同範囲の(2)には、リーク路の利用の規定が見当らない。」(同号証二丁表一七行ないし二〇行)と記載されていることが認められるところ、前叙のとおり、本願発明の特許請求の範囲(2)は同(1)のいわゆる実施態様項であり、前記本願発明の特許請求の範囲によれば、同(1)は「ラビリンス・リーク路(44)のみを有する」ことを構成要件としていること、同(2)には右「ラビリンス・リーク路(44)」を他の構成に変更する規定もないことが認められる。以上を総合して検討すると、前記本件審決中の「同範囲の(2)」及び「特許請求の範囲の(2)」の各記載は、それぞれ「同範囲の(3)」及び「特許請求の範囲の(3)」の誤記であることが明らかである。
そうすると、取消事由(1)の(一)及び(二)は、右のとおり本件審決が誤記であることが明らかであるにかかわらず、誤記ではないことを前提として、事実誤認をいうものであるから、右取消事由をもつて本件審決を取り消すに由ないのである。なお、原告は、取消事由(1)の(三)において、本件審決には五箇所も誤記があり、それにより本件審決は治ゆし難い瑕疵を有するものである旨主張するが、前叙のとおり本件審決の五箇所の誤記はいずれも明白なものであつて、更正することが可能なものであることが明らかであるから、本件審決にその主張の点の違法があるとはなし難く、採用できない。
2 取消事由(2)について
(一) 引用例記載の発明と本願発明(3)とは、いずれも初期火災状態時に火災の発生を検出し得る初期火災検出器に関するものであり、初期火災状態で発生した五ミクロン以下の空気中に浮遊する微粒子のみを選択的に収集し、これを検知することによつて、初期火災状態の発生を警告する初期火災検出器である点において軌を一にしていること、引用例の初期火災状態の指示手段は、「収集された微粒子を保持する感知結晶と、シールされた基準結晶、感知結晶を共振周波数で発振させる手段と、基準結晶を所定周波数で発振させる手段と、これらの周波数差を比較し、上記感知結晶上に累積した微粒子の重量増加にともなつて変化する周波数差出力を出す手段と、この感知された出力変化量が設定時間内に所定量以上になつたとき、この出力を検出処理し、以つて初期火災状態を指示する手段」(別紙(二)参照)から構成されているのに対し、本願発明(3)においては、「(b) 主通路(18)を通して前記入口(14)に安定した予め選定してある量の空気サンプル流を引込むフアンまたは吸引手段(20、22、16)に通じる、主通路(18)に設けた出口ボート(70)と、(d) 空気中含有ミクロン寸法粒子を検出するようになつている連続自動平衡型二重室イオン化式粒子検出器(29)であつて、主通路(18)内に装着してあり、その試験室(30)が捕集器(24)の接続管(27)を経て試験空気(五ミクロン未満の粒子を含む)を受け入れるようになつている粒子検出器と、(e) この粒子検出器(29)に応答してその試験室(30)のイオン流出力が粒子検出器の自動平衡標準室(40)のイオン流出力に比べて減つたときに警報信号を出力する警報器(60)」によつて構成されていることは、当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三(昭和四二年一月二五日電気学会発行の「電気工学ハンドブツク」)によれば、煙検知器の種類の中に差動電離室式のものがあること、この検知器は放射性物質による空気の電離作用を燃焼生成物が妨げることを利用したもの(即ち、これがいわゆるイオン化式煙検知器であることは当事者間に争いがない。)が記載されていることが認められる。そうすると、イオン化式煙検知器は本願出願当時よく知られた煙検知器であつたと認めることができる。そして、成立に争いのない乙第二号証(第二周知例)によれば、第二周知例には、電離室を備え、該電離室内に侵入する煙等の侵入物により連続的に変化する電離電流に比例的に変わる出力を生じるイオン化式煙検出器を、複数個監視区域内に配設し、また中央に該イオン化式煙検出器の出力を集中表示するアナログ表示装置を設けてなる煙濃度監視装置が記載されていることが認められる(第二周知例に右構成が記載されていることは原告の自認するところである。)ところ、同号証によれば、第二周知例の監視装置に用いられているイオン化式煙検出器の構成に関して、発明の詳細な説明の欄に、「第1図は本発明に係る煙濃度監視装置を示し、……2A~2Mは建物等の警戒範囲内の各所に設置されるイオン化式煙検出器で、……煙検出器2A~2Mはいずれも同一構造を有し、外部電極3及び中間電極4からなる外部電離室OCと中間電極4及び内部電極5からなる内部電離室ICを備える煙検出部SD、……外部電離室OC及び内部電離室IC内の空気は放射線源R1により電離され、そして線L1、L2により電圧を印加されているため電離電流が常時流れて、中間電極4には所定の電位が現われている。……煙検出器2A~2Mの外部電離室OCが正常状態にあると、中間電極4は予定の電位にあり、……今火災等により煙が発生して、例えば煙検出器2Aの外部電離室OC内に流入したとすると、煙の粒子により外部電離室OC内の電離電流が減少し、従つてそのインビーダンスが増加し、この結果中間電極4の電位が低下する。」(乙第二号証(2)頁左上欄六行ないし右上欄一九行及び別紙(三)参照)と記載されていることが認められ、右事実及び同号証の第1図、第2図によれば、第二周知例記載のイオン化式煙検出器は、幾可学的に同一の第一イオン化室(外部電離室)と第二イオン化室(内部電離室)とからなり、第二イオン化室(内部電離室)は第一イオン化室(外部電離室)との比較の標準として機能し、第一イオン化室(外部電離室)は常に検知されるべき微粒子を含む空気の流れにさらされているが、第二イオン化室(内部電離室)はこのような空気の流れにさらされていない構成を有するものであることが認められる(外部電離室及び内部電離室はともに大気にさらされている旨の原告の主張は根拠がなく採用できない。)。以上の事実を総合すれば、第二周知例記載のイオン化式煙検出器の前記構成は、本願出願前によく知られていた構成であると認めることができる。
そして、第二周知例記載の検出器が煙検出器であるのに対し、引用例記載の発明が初期火災検出器であることは前叙のとおりであるから、両者は技術分野を共通にすることは明らかであり、しかも、前記認定事実によれば、両者の感知手段の構成は、いずれも検知されるべき微粒子を含む空気にさらされた部分と、このような空気にさらされていない標準として機能する部分との比較において機能する感知手段である点で軌を一にするものであることが認められるから、引用例記載の初期火災検出器の感知手段として第二周知例記載の構成のイオン化式煙検出器を用いることは当業技術者であれば容易に想到することができたといわなければならない。
原告は、第二周知例記載のイオン化式煙検出器は、本願発明(3)にいう「連続自動平衡型二重室イオン化式粒子検出器」とは異なる旨主張するところ、右「連続自動平衡型二重室イオン化式粒子検出器」という文言は、前記本願発明の特許請求の範囲に記載されているのみであつて、成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄にはその説明の記載はないことが認められ、しかも、右文言は、通常の技術用語を用いたものとも認められないし、他に、右「連続自動平衡型二重室イオン化式粒子検出器」が第二周知例記載のイオン化式煙検出器の構成とは異なり、原告の主張するような構成の粒子検出器と認めるに足りる証拠もない。
そして、仮に右「連続自動平衡型二重室イオン化式粒子検出器」が、原告が請求の原因四2(二)で主張する構成のものであるとしても、(1)原告主張の構成の「二重室」の点については、第二周知例記載のイオン化式煙検出器も、前叙のとおり、幾何学的に同一の第一イオン化室(外部電離室)と第二イオン化室(内部電離室)とからなり、第二イオン化室(内部電離室)は第一イオン化室(外部電離室)との比較の標準として機能し、この場合、第一イオン化室(外部電離室)は、常に検知されるべき微粒子を含む空気の流れにさらされているが、第二イオン化室(内部電離室)はこのような空気の流れにさらされていないことも前叙のとおりであるから、第二周知例記載のイオン化式煙検出器も原告主張の構成の「二重室」を有するということができる。(2)次に、原告主張の構成の「イオン化式」の点については、前掲乙第二号証によれば、第二周知例記載のイオン化式煙検出器も、第一イオン化室(外部電離室)の放射性物質源から発生したイオン流の流れを妨げる粒子の存在を、第二イオン化室(内部電離室)の放射性物質源から発生したイオン流の流れと比較し、その比較結果によつて警報器を作動させるものと認められるから、第二周知例記載のイオン化式煙検出器も原告主張の構成の「イオン化式」であるということができる。(3)また、原告主張の構成の「連続自動平衡型」についても、第二周知例には空気サンプル流の引き込みの記載はないが、成立に争いのない甲第四号証(引用例)によれば、引用例には、所定量の空気サンプル流を引き込むフアン16を設けること及びそれによつて空気流が連続的に送り込まれ、二つの結晶(感知結晶30、基準結晶38)は通常時は自動的に平衡を保持しているものと認められるから、第二周知例記載のイオン化式煙検出器が原告主張の構成の「連続自動平衡型」であるとはいえないとしても、引用例記載のものが原告主張の構成の「連続自動平衡型」であるということができる。
以上総合すると、本願発明(3)の「連続自動平衡型二重室イオン化式粒子検出器」の原告主張の構成は、引用例記載の初期火災検出器に第二周知例記載のイオン化式煙検出器を組合わせることにより得られる構成にすぎないし、このように組合わせることに格別の困難性はないものと認められる。
そうすると、引用例に、本願発明(3)の原告摘示の構成要件(b)と機能的に同じものが開示されていることは原告の自認するところであるから、引用例記載の初期火災検出器と第二周知例記載のイオン化式煙検出器とを組合せた構成のものは、本願発明(3)の初期火災報知器と実質的に同一の構成を有するということができ、これと同旨の本件審決の認定判断に誤りは認められない。
(二) 本願発明(3)が原告摘示の<1>ないし<3>の効果を奏するものであることは、それらが引用例にはない特段のものであるとの点を除き当事者間に争いがない。しかしながら、原告摘示の効果<1>は測定イオン化室(外部電離室)は外気にさらされているのに対し、標準イオン化室(内部電離室)は大気から分離されている構成によるもの、効果<2>は、測定イオン化室(外部電離室)と標準イオン化室(内部電離室)とを幾何学的に同一にし、標準イオン化室を大気から分離したことによるもの、効果<3>は、動作型の検知器としたことによるものであることが前掲甲第二号証により認められるところ、前叙のとおり、引用例記載の初期火災検知器に第二周知例記載のイオン化式煙検出器を組合わせたものは、右各効果を奏する基となる構成が本願発明(3)と同じものであるから、右組合わせたものからも同じ効果を奏するものと認められ、そうすると、原告摘示の効果<1>ないし<3>はいずれも右引用例記載の初期火災検出器と第二周知例記載のイオン化式煙検出器とを組合せたものから生じる容易に予測できる効果であつて、本願発明(3)の奏する特段の効果と認めることはできないから、同旨の本件審決の認定判断に誤りは認められない。
(三) 原告は、本願発明(3)の実施品が商業的成功を収めているとして、本願発明(3)のいわゆる進歩性を主張するが、新製品の商業的成功の要因としては、製品の経済性、デザインの良否、販売方法、経済状況の変動等種々のものがあり、一概に新製品がすぐれていることのみによるとは断定できないところであるのみならず、原告が請求の原因四2(四)で主張する事情が、前叙のいわゆる進歩性についての認定判断を覆すほどのものと断ずべき資料はない。原告引用の東京高等裁判所昭和三七年九月一八日判決(審決取消訴訟判決集昭三六、三七年三七三頁参照)は本件と事案を異にし、本件に適切でない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
(1) 空気中含有ミクロン寸法の粒子を検出するための連続自動平衡型二重室イオン化式検出器であつて、その中を流れが通過するようになつている検出器において、
(a) 絶縁ベース(34)と、
(b) (第一)試験室(30)とを有し、この試験室が
(ⅰ) この試験室を通つて流れる試験空気をイオン化する放射性物質源(32)と、
(ⅱ) 試験空気を横切るイオン流を測定する電極装置であつて、板状電極(33)と多孔性ハウジング電極(36)とを包含する電極装置と、
(ⅲ) 試験室を通る試験空気の流れを均一にする多孔性空気流デフレクタ・キヤツプ(55)であつて、ベース(34)と協働して試験室を囲みかつ入口ポート<省略>および出口ポート(56)を有する多孔性空気流デフレクタ・キヤツプとを有し、さらに、
(c) 前記試験室(30)と寸法、構造が同じであるが、前記多孔性空気流デフレクタ・キヤツプ(55)の代りにラビリンス・リーク路(44)のみを有する密閉シールド・キヤツプ(50)を包含する(第二、平衡)標準イオン化室(40)を包含し、この標準イオン化室が周囲の温度、圧力および湿度に対する調整を絶えず行なえるようになつていることを特徴とする粒子検出器。
(2) 特許請求の範囲第1項記載の粒子検出器において、前記試験室と標準室とが背中合わせになつており、共通の絶縁ベース(34)を共有し、シヤム双生児のように連結してあることを特徴とする粒子検出器。
(3) 初期火災報知器であつて、
(a) 主空気通路(18)に通じる入口空気通路(18)に開口した外気サンプリング用入口(14)と、
(b) 主通路(18)を通して前記入口(14)に安定した予め選定してある量の空気サンプル流を引込むフアンまたは吸引手段(20、22、16)に通じる、主通路(18)に設けた出口ポート(70)と、
(c) 入口空気通路(18)内に突出しており、収集開口部(28)が空気流の反対側に向いていて五ミクロン未満の空気中含有粒子を有する試験空気を選択的に引込む空気力学的空気中含有捕集器(24)と、
(d) 空気中含有ミクロン寸法粒子を検出するようになつている連続自動平衡型二重室イオン化式粒子検出器(29)であつて、主通路(18)内に装着してあり、その試験室(30)が捕集器(24)の接続管(27)を経て試験空気(五ミクロン未満の粒子を含む)を受け入れるようになつている粒子検出器と、
(e) この粒子検出器(29)に応答してその試験室(30)のイオン流出力が粒子検出器の自動平衡標準室(40)のイオン流出力に比べて減つたときに警報信号を出力する警報器(60)とを包含することを特徴とする初期火災報知器。
(別紙(一)参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
<省略>
別紙(二)
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
別紙(三)
<省略>
<省略>